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狩人Tシャツ推奨委員会のスタッフルーム     ~そこに空いてる穴から覗いた風景~

狩人Tシャツ推奨委員会のスタッフルーム     ~そこに空いてる穴から覗いた風景~

小さな芽≪前篇≫

―小さな芽―


                                                AFRO IZM


:プロローグ:


走れなくなった馬がやがてその命を失うように、人も歩みを止めては生きられない。
彼らは新たな道を、新たな力を求め、ただ黙々と足跡を刻む。
鉄の剛剣はより鋭く、天を睨む巨砲はさらに重く、身を包む鎧はなお固く。

だが、それは彼らだけではない――。

相向かうは天空の、砂漠の、そして密林の覇者たち。
盾をも徹す牙はより鋭く、空を裂く尾の一撃はさらに重く、砲弾すら弾く鱗はなお固く。
ほの白く煙る朝もやの向こう、道は交わる。
荒ぶる鼓動と、迫る獲物の息づかい。
先へ行くか、ここで伏すのか。

遠く角笛の音が告げるは、火花散る死闘の始まり―――。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~≪前篇≫~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

:新米ハンター養成学校・女子寮:


―ゴ~ン、ゴ~ン、ゴ~ン―

ここは新米ハンター育成学校・・・の女子寮。
新米ハンター育成学校とは、その名の通り新米ハンターを並みのハンターレベル程まで育成する学校だ。
ここでは四人一部屋で生活をし、日々の生活からチームワークを学ぶ方針をとっている。
現在は朝の五時、ここからこの学校の生徒の一日が始まる。

「あぁ~、朝か~、もう少し寝てたかったな~・・・」

最初に目が覚めたのはエリー。
黒色の頭髪を腰まで伸ばし、頭の中間から二十本ほどに編み込み、肩口からそれらを一つに結わえている。
が、就寝中は髪を結ばないらしく、ひどくクシャクシャになっている。
非常に眠たそうな表情だったが、体はいつもの通りに起き上がる。
「あ、おはよ~リン」
エリーが朝の挨拶をしたのは、本人より少し年下のリン。
彼女はまだ頭のスイッチが入っておらず、エリーの方を見て少しニヤっとしている。
銀色の頭髪で短髪、瞳の色は珍しい緑色で、色白だ。
「さ~~て早く支度しなくちゃ、みんな起きろ~~~!」
エリーは大きな声で部屋の全員を起こす、と同時にここからが騒がしい時間帯。
なにしろこの女子寮では、起床から朝食の時間までが十五分。
そして朝食の時間も十五分と、かなり時間に厳しい寮なのだ。

「あぁ~、今日は早く起きてお化粧ができると思ったのに~~~~」
「とりあえずアタシ、先に洗面所使わせてもらうね!」
「じゃあアタシは・・・」

隣の部屋からも朝から騒がしい声が聞こえるほど、起床の時間は賑やかだ。

『ん・・・何か聞こえる?』
エリーは、この騒がしい中、窓際で物音がするのを感じた。

―わっバカ押すな、こういうのは慎重にいくんだって、隠密行動だぞ?―

『どこかで聞いたような・・・』
エリーは窓際で耳を澄ますと、声に集中する。
「いいかクロ、朝の若い女ってのは意外に外の景色には無関心なんだ、こうやって窓から簡単に着替えが覗けるってワケよ」
窓際にいたのは、桜火とクロウだった。
『ほっほぅ』
エリーは窓の外にいるのが誰だかわかると、すぐさま掃除用のモップを手に取る。
「桜火さん、ちょっとあからさますぎませんか?絶対バレますって」
「阿呆、あからさまなほうが案外バレないんだぞ?ほ~れ着替えてる着替えてる・・・」

桜火が見た先には、若い女性が急いで着替えをしていた。

「ん、二人か、あとの二人はどk・・・」

―ドシッ―

「お、おわぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
「お、桜火さん!!」
桜火は残りの二人を探そうとしたその時、顔面に何かを押し付けられ、窓際から下の池へ落ちていった。
「あ、エリー、おはよ~、いい朝だね、ははははははははh・・・」

―ドシッ―

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
クロウは桜火が落ちたのを見て、何が起きたのか確認のために部屋の中を見た時、エリーを見つけた。
がしかし、エリーの顔は少し引きつっており、手には少し汚れたモップを握っている。
もちろんクロウも落とされ、下の池へ転落した。
ちなみにこの女子寮は三階建て、エリー達の部屋は二階だ。
「エリー!なに?今なんか悲鳴が聞こえたけど・・・」
「あ~なんでもないよ!ちょっと害虫がいただけ!」
「あ、そう・・・それより早く支度しなきゃ!今日は特別訓練で街のハンターさんが来るんだって!」
「どんな人かな~~、かっこいいかな~??」
特別訓練とは、その名の通りいつもの訓練とは別で、街から実戦経験豊富なハンターが講習に来る。
訓練の内容は様々で、派遣されたハンターと実際に狩場で簡単なハンティングを体験したり、
サポートを受けながら闘技場で養殖されたモンスターと戦ったり、
闘技場で繰り広げられる熟練ハンターの戦闘の仕方を見学したり、内容は様々だ。

「少なくとも、一人はおかしなハンターだって事は確かね」

エリーはモップを片付けると、養成学校から支給される防具に身を包み、空いている洗面所に入って行った―――。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

:養成学校・集会所:


―ザワザワ、ザワザワ―

ここは養成学校の集会所。
全校生徒が集まれるほど広く作られた部屋は、すでに生徒で埋め尽くされていた。
全校生徒と言っても、その数は百人ほどで、それほど多くは無い。
男子女子、様々な背格好をした者が、いくつかのグループで固まり、今日の特別訓練の内容などについて話し合っている。

「え~~~、静かに!これから街のハンターが入ってくるから、全員整列!!」
広い集会所内に、教官の声が響く。
全員は一斉に静まり、それぞれがいつものように整列する、どうやらこの教官にはかなわないようだ。
「では、これから熟練のハンターのみなさんに入ってきてもらいます、どうぞ!!」

―ガラガラガラ―

鉄製のドアが開かれ、十数名のハンターが入ってくる。

「桜火、なんでお前そんな濡れてんだよ?」
「ふっ、おおかた覗きでもして池に落とされたんだろう?」
「んだと時雨!なんでわかったんだよ!」
「おいおい、図星かよ・・・」
「だから珍しくあんなに早起きだったのね」

集会所に入ってきたハンターの数名が、小さな声で話している。

一番前はリョー、茶色の頭髪、オールバックで、襟足は一本に結んであり、右耳に羽の付いたピアスをつけている。
鉱石をふんだんに使いながらも、軽くて丈夫な“スティールメイル”と呼ばれる胸当て。
“陸の女王”と呼ばれ、熟練ハンターでも手こずる雌火竜リオレイアの緑色の鱗をベースに、鉱石で補強してある腕当て。
赤い布地で、ハンターズギルドの問題解決人、ギルドナイトが見に付けていると噂されるギルドナイトスカートの形の腰巻。
イーオスと呼ばれる鳥竜種の赤い鱗や皮で作られたズボンに、灰色の鉱石を使ったブーツ。
背中には大きく、先端が曲がり、鍵爪のような形をした大きな剣を背負っている。
〔アッパーブレイズ〕と呼ばれるこの大剣は、市販で売られている鉄系の大剣を強化した代物。
柄を引っ張ることで刃の部分から何本もの鉄の爪が出現し、その爪で獲物の体をズタズタにする、鉄大剣の最終進化版の一つだ。

二番目は桜火、黒色の頭髪、前髪を右目のほうに垂らし、その垂らした髪の一部分が金色、襟足は左側だけ長め。
モミアゲからアゴまでヒゲを伸ばし、そのアゴにもヒゲを蓄えている。
盲目竜フルフルと呼ばれる飛竜種の皮を表地に、裏地にマカライト鉱石を使って作られた防具を≪Sモデル≫にした服。
さらにこれにも裏地にマカライト鉱石を使っていて、この地方にはなく、彼いわく“マカル”と呼ばれる腕巻。
この上半身の防具と腕巻の二つの防具は染色剤で綺麗に茶色に染め上げらでれている。
そして赤紫色の、腰から脛(スネ)の下のほうまである、これにも裏地にマカライト鉱石を使用した長い腰巻。
腰巻の隙間から時おり見える、毒怪鳥ゲリョスと呼ばれる鳥竜種の皮を使ったズボンに、茶色のブーツ。
背中には桜色の、大きな骨を削り、いくつかに分けたパーツをくっつけ、薬剤で強度を増した骨系の大剣を背負っている。
〔真・竜ノ顎〕と呼ばれるこの大剣は、切れ味もさることながら、鉄よりも軽めな骨系素材を使った大剣の究極系の一つの型だ。

三番目にいるのは時雨、全身を雌火竜リオレイアの防具で身に纏い、顔が見えないぶん少し不気味な雰囲気を思わせるハンター。
腰には両端に刃がついている“両刃槍”と呼ばれる武器を装備している。
この両刃槍は、一般の武器とは違う異色の武器で、市販では売ってない武器だ。
基本的に後ろにいるシュウの持っている槍と同じだが、両刃槍は槍の柄の部分にも刃がついてあり、さらに多彩な攻撃ができる。

四番目にいるのは両刃槍に似た性能を持つ、異色の武器を持ったシュウ。
その顔には、狩りの時のみ髑髏の兜をつけており一見不気味なようだが、その目は驚くほど綺麗で、非常に不似合いな兜だ。
刃虫カンタロスの硬い甲殻と刃羽で作られた鎧、腕当て。
兜は今は付けておらず、鎧竜グラビモスの幼体、岩竜バサルモスの硬い甲殻で作られた腰当てにくくりつけている。
下半身は、機動力に長けた市販のハンターグリーヴを≪Uモデル≫にモデルチェンジしている。
背中に背負っているのは、十字になった刃がついた槍、〔十字槍―宝蔵―〕で、一般の武器とは違い異色の武器だ。
ランスに似た性能を持ってはいるが、軽いので振り回すことができ、刃が付いているので切り裂く事も可能。
ただし、刃が付いているのは先端のみで、そこから下はただの棒。
だが、素早い突きや斬撃、柄を使った打撃など、多彩な攻撃ができ優れるものの、全体的には細い棒なので防御が薄い。

その集団の一番後ろで辺りの様子を伺っているのはカイ。
茶色の頭髪、長髪で、見事にストレートな髪質、前髪は六対四で分けてあり、視界に支障がないようにしている。
砂漠に生息する、ゲネボスと呼ばれるモンスターの素材を使った防具でまとめており、頭の防具はつけていない。
狩りの最中は右眼に眼帯をしており、本人が言うには“集中力が増すから”らしい。
肩にしょっているのは筒状の武器、この世界ではボウガンと呼ばれる異色の武器だ。
硬い木の実や鉱石を粉末状にして固めた、いわゆる弾丸を発射し、遠距離から攻撃ができる代物。
しかしその反面クセが強く、作られる素材によっては発射される弾丸が制限されたり、
発射可能な弾丸が豊富な代わりに威力が小さかったり、その他にも膨大な知識が必要な武器だ。
彼が持っているのは比較的撃てる弾丸が多い、〔グレネードボウガン〕で、銃口にはロングバレルが装着されている。

「それではこれからハンターの皆さんに自己紹介をしてもらいます、自分の教官になるかもしれないのでしっかり聞くように」

司会の教官が合図をすると、一人ずつ自己紹介が始まる。
「え~と、俺はミナガルデから来た・・・」
「ワタシの生徒になる人は、くれぐれも・・・」
「女だからって、甘く見ていると・・・」
一人ずつ自己紹介が始まると、少しずつ場内でヒソヒソ声が聞こえはじめる。

「あの兜まで防具を着けている人、なんだか強そう・・・」
「ワタシはあの赤い腰巻をした人かな?あの剣、前に本で見た最高の鉄系の大剣の一つらしいし」
「ねぇエリー、あの桜色の大剣背負ってる人、カッコよくない?」
「やめておいたほうがいいよ、あの人は頭の中の九割は煩悩で埋め尽くされてるから」
「えっ、エリー、あの人と知り合いなの!?」
エリーの周りは密かに盛り上がっている。
「まぁ一応知り合いっちゃ知り合いだけど、クロウも知ってるよ?」
「へぇ~、それなら、エリーはあの人達の誰かとパーティになるかもね」
「そう、それなのよ、問題は・・・」
エリーは少し悩んだように頭を抱える。
「まぁ確かにあの人達、狩りの腕前はあるけど、私を目立たせようと盛り上がるハズだわ、恥になる・・・」
そうエリーが言った時、桜火の自己紹介が始まった。

「俺は桜火、東の国出身のハンターだ、ちなみにここの生徒のエリーとは知り合いだ、みんな仲良くしてやってくれよ??」
「ほら、さっそく始まった・・・」
エリーの心配をよそに、生徒のほとんどの視線がエリーに向けられる。
「へぇ~、エリーって熟練ハンターに知り合いが・・・」
「そう言えばあの人、朝の食堂でつまみ食いして怒られてたような・・・」
「クロウ、お前の知り合いのハンターって、意外にマッチョだな・・・」

エリーの他に、クロウにも視線が集まっているようだ。
リョー達一行の自己紹介が終わり、カイの隣にいるハンターの自己紹介が終わったその時。

「お兄ちゃん!!」
リンの大きな声が、集会所に響いた。
リンは一人の長身のハンターに向かって手を振っている。
“お兄ちゃん”と呼ばれたハンターは、片手で顔を半分隠し、“やれやれ・・・”という様子で下を向き、首を振っていた。
「おや、ご兄弟ですか?」
育成学校の教官が話しかける。

「えぇまぁ・・・、みなさんが知っているリンの兄で、ドンドルマで狩りをしている戒(カイ)です、どうぞよろしく」
簡単に自己紹介を済ませたそのハンターは、リンと同じく銀色の頭髪で、ロングの髪型。
リョーと同じスティールメイルをつけてはいるが、≪Uモデル≫にしてあり、黒っぽい色をした胴当て。
腕と脚の具足は、雪山に生息する、ギアノスと呼ばれるモンスターの素材で作られた黒い防具。
鳥竜種のランポスの素材を使った灰色の腰巻をつけ、さらにその防具の上から黒いロングコートを着ていた。
そのロングコートの裏地にはマカライト鉱石が薄く使用されており、軽めながらも硬い防御力をもっている。
背中には〔―天下無双刀―〕と銘打たれた太刀を背負っており、その実力を静かに、しかしながらはっりと証明している。

「あれって数少ない名工のみが打てると言われてる太刀だろ?こんなとこでお目にかかれるとはな・・・」
カイは隣の隣にいる戒の得物を見て、つい感想を言ってしまった。

それもそのはず、戒のもつ天下無双刀は、公式武具カタログに載ってはいるが、
こしらえる事ができるのは数少ない名工のみで、しかもその名工は自分が認めたものにしか武器を作らないという。
つまり戒は、武器の扱い、狩りの腕前と共にどこかの名工に見い出され、この武器を作ってもらったという事になる。
さらにこのたぐいの武具は資金も莫大な金額がかかり、同時に収入も他のハンターより上ということの証明にもなるのだ。

「っちゅーか、アイツお前と同じ名前だぞ、カイ、これからはなんて呼べばいい?」
桜火は時雨とシュウを挟んで、カイに言った。
「別にカイでいいよ、変な呼び方で呼んだら背中撃つからね」
「あ、あぶねぇ・・・」
桜火は口をあわてて塞ぐ。
「桜火、なんて呼ぼうとしたんだ?」
リョーが尋ねる。
「いや、ロビンソ・・・」

―ズダーン―

「お、桜火ーーーーー!!」
「おい、誰か撃たれたぞ!」
「誰か力自慢の生徒、保健室に運んでやってくれーー!!」

一発の銃声が、集会所にこだました―――。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

:養成学校・保健室:


「ったくもう、目立たないでよ、アタシまで変な目で見られちゃうでしょうが・・・」
何台かのベッドが設置され、生徒や先生の休憩所として利用される保健室。
おそらく開校以来初の一般ハンターの利用者であろう桜火は、ベッドに横たわっていた。

「いや、俺は言うつもりじゃなかったんだけどよ~、リョーが聞くからつい反射的に・・・」
「まぁ、期待はしてたけどな」
弁解する桜火の隣で、リョーは腕を組みながら“してやってり”というような雰囲気で座っている。
「何のことだかさっぱりわからないけど、アタシはもう行くからね、今日は三年生のみ特別訓練なのよ」
「なにっ!?今日は遠征しないと思ったからサボりつつエリー達の近況聞こうと思ってたのに!!」
桜火は急に起き上がると、つい本心を口に出してしまった。
いくら至近距離だからといっても、カイもそこまで鬼ではない。
ちゃんと怪我をしないように練習用の柔らかい弾を撃ち出したにもかかわらず、桜火が倒れたのは仮病だったみたいだ。
「そいつはマズいな、俺も今日はゆっくり話ができると思ったから桜火についてきたのに」
桜火がサボろうとしていたのを見抜いた上で、リョーも付き添いに来たみたいだ。
「ちゃんと手紙書いてるから近況はわざわざ言わなくても大丈夫でしょ、それじゃね!」
エリーは手短すぎる挨拶をすると、さっさと出て行ってしまった。

この養成学校は寮制なので、当然、家族や兄弟には毎日会いに行くことができない。
エリーとクロウは同じ村の出身で、村をモンスターに襲われ、二人とも両親を亡くした。
その後すぐに救援に駆けつけたハンターの世話で、二人の両親の戦友であるリョーの父親に引き取られた。
だが、その後すぐにリョーの父親は狩りの最中に殉職、必然的にリョーが面倒を見る事になった。
その頃からリョーと桜火は一緒に狩りをする事になり、二人はいわばエリーとクロの親代わりなのだ。
桜火は二人と知り合うのがリョーより少し遅かったために、若干親と言うよりかは兄弟みたいなものだが・・・。
養成学校への入学手続きをしたのもリョーと桜火、記録上にも二人が保護者となっている。
そのため手紙などは二人に届くものの、実際に会うのは数ヶ月ぶりで、リョーと桜火は二人と話すのを楽しみにしていたのだ。

「・・・・・、思春期か?」
桜火は閉まった扉を見て、リョーに少し寂しい気持ちを告げた―――。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

:養成学校・南の大密林地区:


「ちょ、少しペースが速すぎやしませんか~??」
ここは養成学校から南に位置する密林。
しかし、この密林地帯は通常の三倍は広く、生息する大型モンスターも二匹、もしくは三匹になる。
当然、こういう大きな密林地帯は人間の開拓するような場所ではなく、モンスターの住処として放置してある。
だが今回は特別訓練だけあって、このフィールドで確認されたモンスターの狩猟を目的とされた訓練が実地された。
クロウについた教官は時雨で、無口な時雨はずんずんと先に進んで行く。
もちろん色々な心構えなどは歩きながら話してはいたが、いかんせんクロウは慣れない悪路に悩まされていた。

「ここはとりあえず他の班の狩場だ、さっさと抜けて自分のテリトリーに入ったほうがいい」
そう言って時雨は障害のある道をどんどん突き進む。
「ぬ、ぬかるみが・・・」
クロウは普段建物の中で生活しているため、こういった障害のある険しい道は慣れていない。
普段の特別訓練でも、人が開拓しようとしている場所や、貿易道として使っているような場所しか歩いたことが無い。
そのため、このような大自然のままのフィールドを歩くのは初体験と言えよう。
時雨は通常の狩場での慣れもあるため、初めてに近い荒れた道でも突き進むことができるのだ。

「こんな場所でモンスターに見つかったら満足な戦闘ができない、なるべく早く広い場所に出るのも一つの知恵だ」
時雨は突き進みながら、しっかりと狩りで生き延びる知恵を教えている。
「それに、俺達の標的はゲリョスだからこんな狭いところにはいないはず、お前もゲリョスの知識くらいは・・・」
「う、うわぁぁぁぁぁぁ」
「・・・・・・」
時雨がクロウの様子を見ようと振り返った瞬間、
クロウはぬかるみにハマり、もう片方の足を踏み出した瞬間足を滑らせ、さほど高くない崖から下の池へ転落。
本日二度目の池ポチャだ。
「本当に大丈夫なのか・・・?」
時雨は雌火竜リオレイアの素材で作った兜を片手で半分覆い、これからの前途を心配する。

「うぅぅ、こんな事になるなんて・・・」
「いや・・・、前方を見てみろ、時には最悪の結果が吉になることもあるみたいだな」
クロウを助けに降りてきた時雨は、足の脛(スネ)ほどの浅い池に尻餅をついているクロウに話しかける。
「あ、そうか、ここはゲリョスの水飲み場だったのか!」
クロウの視線の先には水をおいしそうに飲んでいるゲリョスの姿があった。
水に飲むのに夢中だったのか、池へ転落した音にも反応せず、まだ水を飲んでいるようだ。
「いいか、先制攻撃はどんな時でも勝利への第一歩となる、気付かれずに後ろに回りこむんだ」
「はいっ」
そう言って時雨は、見事に物音を最小限にとどめ、池から上がった。
クロウも慣れない動きで、時雨の三倍は遅かったが、なんとか気付かれずに池から上がり、時雨と合流する。

「もうすぐ水を飲み終えて、少しくつろいでからまた巣に戻るだろう、そのくつろいでいる間が先制攻撃のチャンスだ」
「わかりました、でもどうやってやるんですか?」
「先制はとりあえず俺がやる、お前はこれをアイツに投げつければとりあえずはそれでいい」
そう言って時雨がクロウに渡したのは“ペイントボール”と呼ばれるハンターの狩りの道具だ。
“ペイントの実”と呼ばれるそれは、中身の液体が強い匂いと目立つ色をした不思議な実で、
その液体を二、三個凝縮し、球状のケースにいれ、それを標的に投げ、モンスターの足取りを追うことができる道具だ。
時雨は移動中に見つけたペイントの実をさりげなく採集し、用意していた球状のケースと移動しながら調合していたみたいだ。
中身の液体はドロドロとしていて、ポタポタと落ちていくために、どこへ逃げても近くに落ちた液体を目印に、追う事ができる。
と言っても、そう簡単に落ちた液体を見つけることすら並みのハンターでは難しいのだが・・・。

「クァァァァァァ」
ゲリョスはあくびをし、のんびりと翼を伸ばしている。
喉を潤すために全速力で飛んできたのか、滅多に見れない竜のリラックスシーンだ。
「よし、いくぞ・・・」
時雨とクロウは、なんとかバレずに背後に回りこみ、戦闘態勢をとった。

―ダッダッダ―


「クァァ?」
何か物音のするほうへゲリョスが向いた瞬間、時雨の両刃槍がゲリョスの首筋を切り裂いた。

―ザシュン、ベチャッ―

「クワァァァァ!?」
突然の首筋への痛みと、顔面に付着した強い匂いのする液体に驚くゲリョス。
「当てたところで油断するな!追撃をしろ!」
時雨の指示がクロウに飛ぶ。
「はいっ!」
クロウは支給された〔クロオビハンマー〕という養成学校オリジナルのハンマーを構え、走り出す。

―ガァァァン―

「グゥェェェェ!」
クロウのハンマーの重い一撃は、ゲリョスの翼に当たった。
折りたたんだ翼を横から硬い鉄槌で殴られ、さらに大きな鉄の塊についてある何本もの針に刺され、ゲリョスは怯む。
「よし、いいとこを狙ったな、いったん引いて様子を見るんだ!」
「はいっ」
クロウは指示通りにいったんゲリョスと距離をとる。
「グェェェェ!!」
ゲリョスは口から紫色の液体を吐き出した。
当然距離をとっていた時雨、クロウには当たらなかったが、その液が付着した草花はみるみるうちにしおれていった。
もちろん戦闘中にそんなのを見る事はできなかったクロウだが、液体を見て瞬時にそれが何かと判断する。
「時雨さん、今のが毒液ですよね?危なかった~~~~」
「そうだ、のんびりしている暇は無いぞ、さっさと迎撃の準備に移れ!」
時雨はクロウに指示を飛ばしつつ、両刃槍を構え、ゲリョスの後ろに回りこむ。
「よ~し、とっておきを・・・」
そう言ってクロウはハンマーを右脇に、先端が斜め後方になるように構える。
「グェェェ!!」
短く威嚇の鳴き声を上げたゲリョスはクロウと距離を縮める。
「クワックワックワッ!!」
鳥竜種の特徴である、顔の半分はあるクチバシをつかい、物凄い速さでついばみをクロウめがけて繰り出す。
「ふ、この“俊足の貴公子”にそんな攻撃が当たると思ったかい?」
そう言いながら、クロウはゲリョスとの距離をついばみに合わせるかのように後ずさりし、回避する。

―ザンッ―

時雨の勢いのついた斬撃が、ゲリョスの武器にして弱点でもある、柔らく柔軟な尻尾に繰り出された。
「グエェェェ!?」
当然のことながら、ゲリョスは驚き、同時に後方の時雨のほうを見る・・・が、時雨の姿はすでにそこになかった。
「そらそら・・・」
背中を見せたゲリョスに対し、クロウはハンマーを体の周りで振り回し、勢いをつけながらゲリョスに近づく。
「必殺!岩砕槌撃!!」
そう言うとクロウは回転でつけた勢いを一瞬だけ殺し、セリフを言った後、ゲリョスの頭めがけて思い切りハンマーを振る。

―スカッ―

「あぁっ!?」
クロウのハンマーは、見事に空を切った。
ゲリョスも当たったのかと思っていたらしく、一瞬身をたじろがせたが、痛みが無いのを知ると、クロウを睨みつける。
「グェェェッ!!」
「ひぃぃぃっ」

―ベチョッ―

「クロウ!!」
時雨はゲリョスの後ろから、クロウの名を呼ぶ。
「うぅぅぅ・・・」
ゲリョスの猛毒液を右腕に浴びたクロウ、わずかに右腕が紫がかっている。
「ギヤァァァ!!」
ゲリョスはもう一度怪奇な雄たけびを上げると、クロウめがけて突進。

―ガギンッ―

「あぁ、時雨さん・・・」
「意識があるならさっさと解毒の治療をしろ」
時雨はゲリョスのクチバシ(?)を両刃槍の棒の部分で止めると、後ろにいるクロウに指示を飛ばす。
「クェェ・・・」
「ん・・・、クロウ、目を閉じろ!!」
「えっ?」

―カーーン―

甲高い、金属質の何かがぶつかるような音が聞こえたかと思うと、辺り一面が真っ白な光で覆われる。
時雨はとっさに目を閉じ、さらに腕で顔を覆ったので目が眩むことはなかった。
がしかし、クロウは当然もろに閃光を食らってしまい、意識がボーっとしている。
「クエェェェェ!!」
ゲリョスは今ひとたび大きな声を上げると、翼を広げ、空へと飛び立つ。
「く、逃がすか!」
時雨はもう一つのペイントボールをゲリョスに向かって投げると、そのままクロウの方を向く。
「追いかけるぞクロウ、さっさと・・・」
時雨が見た先には、クロウが息を荒くし、右腕を抑えながらうずくまっていた。
「解毒する暇もなかったか、くそ・・・」
そう言って時雨はアイテムポーチから瓶詰めのドロドロした液体を取り出す。
「まだ毒が回りだしてからそう時間は経ってない、意識を強く持て、クロウ」
そう言ってクロウの右腕の防具を外し、液体を塗りこむ時雨。
言い忘れていたが、クロウをはじめ、訓練生の装備は学校から支給される。
〔クロオビ〕と呼ばれる大量生産される武器、防具は、万人が使用しても体にすぐ馴染む、まさに万能のシリーズだ。
「あぁ、腕がピリピリして動かないし、頭がズキズキする・・・、これが毒ってやつか~~~」
「そうだ、貴重な体験だな、クロウ」

ひとえに“毒”と言っても、その種類は様々。
砂漠に生息するモンスター、ゲネボスやガレオスなどの神経毒から、
火山に生息するグラビモスの幼体、バサルモスの霧状の毒、
そしてランポス種で一番タフに進化したイーオスや先程のゲリョスの液体毒。
それぞれ効果は様々で、治療の方法も様々。
神経毒は短時間で回復するので、ほうっておいても大丈夫。
ただし、その効果は強烈で、しばらく体全体が動かなくなる。
つまり、モンスターの攻撃を防御体制もとれないままモロに喰らうのが条件と言っても間違いではない。
バサルモスの霧状の毒は、体が動かなくなるほどではないが、解毒をしなければ長時間調子が悪くなる。
そのまま死に至るケースが一番低い毒ではあるが、吸い込んで体内に取り入れてしまうために、効果時間が長い。
この場合は、解毒薬を飲み、体内の毒を気化させるのが一番効果的だ。
ゲリョスの毒は液状なので、吐きかけられた部分を中心に、全身に広がるタイプの毒だ。
毛穴から進入するために、患部に直接解毒薬を塗れば、早い時間で回復する。
が、少し解毒が遅れるだけで体全体に毒が回り、動くのも辛い・・・、そんな状況に陥ってしまうのが液状の毒だ。

クロウの場合、解毒が少し遅れたために、ほぼ全身が毒に犯された状態となった。
もちろん放って置いても治る者はいるが、時には毒に負け、死に至る者もいる。
さらに、毒のせいで体が思うように動かず、そのまま狩られてしまうハンターも多い。
むしろ毒による死亡ケースはそっちのほうが圧倒的に多い。
クロウは幸運にも、ゲリョスが毒を吐きかけたのはトドメを刺すためではなく、逃げるためのものだったために、難を逃れた。
さらに、毒の治療にも熟練した時雨がそばにいたために、解毒も早く終わった。

「さて、ヤツを追いかけるぞ」
そう言って時雨は歩き出す。
「時雨さんって、優しいんだか厳しいんだか・・・」
まだ毒が抜けたばかりで思うように歩けないクロウは、少しおぼつかない足で時雨を追いかける―――。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

:養成学校・南の大密林地区の大河:


「お兄ちゃ~ん、ちょっと待ってよ~!!」
南の大密林地区、大自然をそのまま残した険しい道で、周りの雰囲気とはかけ離れたリンの明るい声が響く。
「目的地までもうちょっとだ、踏ん張れ、リン」
戒は一生懸命険しい道を着いてくるリンを気にも留めないまま、突き進む。
「この先に何があるんですか・・・?」
エリーは戒のすぐ後ろを着いてきている、リンより少しは運動神経がいいようだ。
「あぁ、釣り場がな・・・」
「釣り場!?」
戒の口から出た意外な言葉に驚くエリー。
戒達一行は、簡単なイーオス討伐の訓練を行なっていた。
熟練ハンターの戒が上手に指導し、難なくイーオス討伐は終わった。
がしかし、戒が“ちょっとやりたい事がある”と言って、大雑把な地図を片手に歩き出してしまったのだ。
そしてその口から出た“やりたい事”の正体は釣り・・・。
実は、戒は生粋のフィッシャーマンだったらしい、妹のリンすら知らなかった事だが。
「こんな誰も踏み入れない大自然にせっかく踏み入れたんだ、大物がぜったいにいるはず・・・」
そう言って戒は意気揚々とさらに足取りを早めた。
驚くべきことに、折りたたみ式の釣竿をこの険しい道を歩きながら組みたて、針もつけていた。
「はぁ、はぁ、戒さん少し休みませんか、ちょっといきなりこれ・・・ぶぉっ!?」
急に立ち止まった戒の背中に顔をぶつけたエリーは、おかしな声を上げる。
「・・・、ここだ」
戒が見るその先は、大きな河だった。
道中、何度か河は見かけたが、流れが激しく、魚はいなさそうな河だった。
が、ここは穏やかな流れで、適度においてある岩が、いかにも魚の隠れ家のようになっている。
「よし、リンとエリーちゃんは少し休憩してていいよ、俺はちょっと釣りしてくるから・・・」
今まで見せなかった満面の笑みでそう言って戒は移動すると、岩の下の、少し湿った土を掘り出した。
「あの~、何してるんですか?」
エリーが尋ねる。
「土の中にいるミミズを探してるんだ、魚はたいていミミズを食べるから」
そう言った戒の目は、先程の狩りでの鬼のような殺気はなく、まるで少年に戻ったかのような楽しそうな目をしていた。
『はぁ~~~、リンと言いこのお兄様も、なんだかよくわからない性格だな~~』
エリーは“兄妹だしね、納得”と心の中で呟き、リンのところへ戻る。

「お兄ちゃ~ん、がんばって~~!!」
リンは岩の上に座りながら、戒を応援している。
「こらっ、魚が気付いてしまうだろ!」
戒は焦っていた・・・。







一時間後。



「おぉ、これは大物だ・・・」
戒が釣り上げたのは、通常の三倍はあろうかと思われるハリマグロ。
「きっと、主なんだね~」
いつの間にかリンは戒の横で、大きなハリマグロを嬉しそうに見ている。
『はぁ・・・、帰りたい』
エリーは、兄妹とは少し離れた岩で寝転がっていた。
「いやリン、主はまた別らしいぞ・・・」
戒の口調が急に変わった。
『ってことは、まだ帰れないのかぁ・・・』
エリーは岩の上で兄妹の会話を聞き取ると、溜め息をつく。
「エリー!岩から離れろ!早く!」
急に、戒の呼ぶ声が聞こえた。
釣りをしているときのあの優しげな口調ではなく、狩りの時の、鬼のように厳しい口調に戻っていた。
エリーは跳ね起きて、緊急事態が起きたのを瞬時に理解する。
戒は剥ぎ取り用のナイフを構え、河の中を睨みつけている。

―シュッ―

ナイフが河の中へ投げられた。
ナイフは回転しながら河の中へ、いや、正確には水中から少しだけはみ出ている“何か”に刺さった。

「キュオォォォン!?」

エリーを狙っていた“何か”は急な衝撃に驚き、水中から一瞬だけ跳び上がった。
「まさか・・・、ガノトトス?」
一瞬だけだが、鳴き声をした方向を見て、シルエットのみでモンスターの名前を言い当てる。
エリーは確かめようと河の側まで近づこうとしたが、戒によって止められた。
「正解だ、サイズは小さいが、確かにガノトトスだ」
戒はそう言うと、リンのほうを見て、小さく合図をする。

―ドシュッ、ドシュッ―

「キュオーーン!!」

魚竜独特の、柔らかく、少し高めな鳴き声を発し、地上へと飛び出てきたガノトトス。
水中での急な、わけもわからぬ背中への痛みだろうか、耐えかねて地上に出てきた模様だ。

リンが放った弾は、発射時の爆発で弾が無数に飛び散り、広範囲を攻撃する散弾。
基本的には数匹の群れで行動する小型モンスターを一掃するのに開発された弾丸だが、
その威力は大型モンスター戦でも、注意を引き付けたり、一瞬だが隙を作ったりするのに重宝される。
今リンが使用した場合は、水中にいる獲物を地上におびき寄せるために使用、これも散弾の一つの使い方だ。

「お、大きい・・・」
エリーは地上に出てきたガノトトスを見て、一言。
それもそのはず、サイズは小さいとはいえ、ガノトトスは全モンスター中でも、体格の大きい部類に当たる。
ふだん、養殖された小さなイャンクックや、
熟練ハンターが戦い方のお手本として闘技場で相手をする、これもまた養殖された小さなリオレイア。
そのくらいしか大型モンスターを見た経験が無いエリーにとって、ガノトトスは大きさで圧倒されるものがあった。

「ファーストコンタクトで押されるな、来るぞ」
戒は驚いた様子のエリーを一喝し、自分も背中の太刀を抜く。
エリーも戒が戦闘準備に入ったのを確認すると、自分の得物を構え、ガノトトスのほうに気を集中する。
エリーの得物は、少し特別な形をした武器だった。
形状的にはシュウの槍と同じだが、槍とは違い、先端には片刃の刃がついてある。
“薙刀”と呼ばれる武器で、女性が扱うのに適した、言わば女性専用の武器だ。
防具はクロウやリンと同じく、養成学校で支給される防具を身に着けている。

「とりあえずは様子見だ、攻撃を避けて避けて避けまくれ!」
「はいっ」
そう言った戒はすぐさまガノトトスの周りを、円を描くように小走りしている。
エリーは戒の後を追うように、しかしガノトトスとの距離は戒より遠めで同じように円を描く。

「キュイーーーン!!」

―シュバァァァァ―

ガノトトスの口から、水鉄砲のようなものが吐き出される。
だがそれは、水鉄砲などという表現でおさまるような威力ではなかった。
着弾した地面はえぐれ、エリーの脛(スネ)に届くくらいまでの穴になっている。

『もしこれを生身で喰らったら・・・、あ、リンは!?』
養成学校で支給される防具は、量産型であるために、強度が非常に薄い。
さらに、ここ最近女性ハンターが増えてきたために、流行のファッションなどに関係して露出も高めだ。
つまりは、生身の部分が多く、しかも装甲も薄い・・・、あのブレスを喰らってしまったら、それは死に近づくようなものだ。
エリーは狙撃手であるリンの位置を確認するために、辺りを見回した。
「リン!どこ!!」
見つからなかったのか、大声で名前を呼ぶエリー。
「あぶない!!」

―バシュゥゥン―

戒の叫び声が聞こえたかと思うと、エリーの視界はぐるぐると目まぐるしく回転した。
「狩りの最中、仲間を呼ぶ時はモンスターの姿を見ながら呼べ!狙い撃ちにされるぞ!」
戒はものすごい剣幕でエリーを叱る。
「すいません・・・」
エリーは圧倒され、自分のした軽はずみな行動を謝る。
「わかればいい、それより作戦が浮かんだ」
「えぇっ、もう?どんな作戦ですか??」
「とりあえずは俺が突破口を開く、リンに隙を作らせる」
「えぇっ!?アタシが!?」
いつの間に側に来ていたのか、リンが驚いた様子で声を張る。
エリーがガノトトスのほうを見てみると、なんとガノトトスは麻痺状態に陥っていた。
恐らく、自分が戒に助けられた際に、隙だらけなガノトトスにありったけの麻痺弾を撃ち込んだのだろう。

ちなみに麻痺弾とは、その名の通りモンスターの体を麻痺させる弾丸だ。
砂漠に生息する“ゲネボス”と呼ばれるモンスターの麻痺牙を先端にくっつけ、それを撃ち出す。
先端はモンスターに刺さり、血を通って、いずれかは体が動かなくなる、という仕組みだ。
狙撃箇所が神経系統に近いほど麻痺状態に陥る時間は早く、効果時間も長いのがこの弾の特徴だ。

「そしたら、そのあとは自分で思った最善の攻撃に移れ、ことの成り行きではその結果が吉にも凶にもなる」
「なんだか難しい言葉を・・・」
エリーは戒の言動をなんとなく理解したが、よくわからないようでいた。
「結局のところ、お前次第でこのあとの戦闘が有利にも不利にもなる、ということだ」
戒はそれだけ言い放ち、またも円を描くようにガノトトスの周りを走り出す。
すでに体のシビレがとれはじめたガノトトスは、ゆっくりと首で戒を追いかける。

―バシュ、バシュ、バシュ―

ボウガンから弾丸が発射される音と共に、戒の方向を見ていたガノトトスの顔面に衝撃が走る。
不意な方向からの衝撃、ガノトトスは戒とは反対のほうに目をやる。

―ズバンッ―

伸ばしたゴムが切れるような音がしたかと思うと、ガノトトスは横転した。
エリーは横転したガノトトスの顔の目の前にいたが、その一歩が踏み出せずにいた。
それもそのはず、ガノトトスが地に転んだかと思うと、ものすごい勢いで跳ねる、跳ねる、跳ねる。
“魚竜”の名前であるかごとく、まるで地に降り立った魚のようだった。
がしかし、相手は図体が自分の何倍かもある大型モンスター、うかつに近寄れば弾き飛ばされてしまう。

「タイミングを計れ!エリー!」

跳ねるガノトトスを挟んだ向こう側で、戒の叫ぶ声が聞こえる。
『落ち着け、落ち着け、自分・・・』
エリーは心の中で自分を励ますと、タイミングを計る。
『タンッ、タンッ、タン・・・あぁ!?』
・・・・・、少し遅かった。
ガノトトスは二本の足を器用に使い、再び立ち上がった。

「キュオーーン!!」

今一度独特な鳴き声を上げるガノトトス。
「ちょ、あぁ・・・うわっ!!」
ガノトトスが急にこちらに向かって突進してきた。
両端のヒレを広げ、まるで威嚇しながら走るイャンクックのように。
エリーは横っ飛びして、間一髪事故に合わずにすんだ。
「逃がすか!!」
戒は太刀を脇構えに置き、あとを追う。

実はガノトトスはエリーに突進したのではなく、いったん自分の得意な水中に逃げようとしたのだ。
ちょうど河との最短ルートの延長線上にエリーがたために、エリーは突進に巻き込まれるところだったのだ。

「もう一方の足も奪ってやろう・・・」
戒が呟いた時には、すでにガノトトスに追いつく寸前だった。
先程、戒が斬った場所は右足の腱(アキレス腱)で、ガノトトスが走る速度がだいぶ遅いのもそのためだ。
が、やはり距離が開いていたせいか、間に合いそうにもない・・・。

―バシュッ―

と、急にガノトトスが停止する。
「ナイスだ、リン!」
戒はそう言い、強く踏み込む。
リンが放った弾丸は、残り一発となった散弾だ。
勇敢にもガノトトスの正面に回り、顔面に発砲したのだ。
水中に逃げようとするガノトトスは、まさに必死そのもの。
その突進の正面に立ち、迷わず弾丸を発射することは、並大抵の勇気では行なえない戦法だ。
リョー達パーティ唯一のガンナーであるカイですら、できるものかどうか。
一流の名工に認められる戒の妹のリンならば、当然と言えば当然かもしれないが・・・。

当然、急な顔面への衝撃で本能的に緊急停止するガノトトスは、水中に逃げるのが少し遅れる。
「いただき・・・」

―ザンッ―

「キュオーーーン!?」
戒の太刀は、正確にガノトトスの左足の腱をとらえた。
“天上天下”の名に相応しい切れ味は、一太刀でガノトトスの腱を切断する。
「今度は深く入った、立つ事すらできんだろう、エリー、とどめだ!」
戒は後ろにいる、まだ呆然としているエリーに向かって叫ぶ。





『リンだって、リンだってあれだけの事やれたんだ、アタシだってやれる・・・!!』

エリーは無意識のうちに薙刀を強く握った。
そしてぬかるんだ地面を蹴り、一直線にガノトトスに向かって走り出す。

『タンッ、タンッ、タンッ』

またしてものたうち回る・・・、いや、“のたうち跳ねる”ガノトトスの動きを冷静に目視し、リズムを合わせる。

『ここだっ!』

エリーは迷わずジャンプ、ガノトトスの後ろのヒレの上に着地・・・。
すると、タイミングを合わせたかのようにガノトトスが跳ねる勢いを生かし、さらに上に舞い上がる。

『暴れる魚をおとなしくするのは、ここのはず・・・』

そう言ってエリーは、薙刀を逆手に持ち替え、落下の速度と自重をあわせ、ガノトトスの首を狙う。





―ズシャン―





エリーの薙刀の先端が首に突き刺さった瞬間、ガノトトスはおとなしくなる。
そして静かに痙攣し、しだいに息を引き取った・・・。

「すごーーーい!!エリー、なにしたの?魔法!?」
目の前でリンがはしゃいでいる。
「やるな、こいつは大物になるかもしれん・・・」
横では、戒が腕を組みながら、笑っている。

エリーが突き刺した場所は頬あたりにあるエラ。
暴れる魚にトドメをさすには、エラを狙うのが一番いいらしい。
先程から戒がしていた釣りを思い出し、とっさにそこを狙ったのだ。
もちろん、リンの散弾ですでに柔らかくなっていた箇所は、勘単に刃を通した。
そのために、エリーのような女性でも、深く傷を負わせることができたのだが・・・。

「はは・・・、竜種だから体の構造が違ったらどうしようかと思ったけど、とりあえずトドメが刺せてよかった・・・」
そう言ってエリーは“痛たっ!?”と小さく呟いてその場に倒れた。

「エリー!?」
リンは驚いてエリーに駆け寄る。
「無理もない、勢いを生かして大ジャンプしたのはいいが、衝撃を殺すことなく着地したんだ、捻挫くらいするだろう」
戒はエリーの腫れ上がった足首を見て呟いた。
「まぁ、とりあえず無事でよかった、日が暮れないうちに帰ろう・・・」
そう言って戒はしゃがんだままエリーに背中を向ける。
「え、えっと・・・・・?」
「よかったねエリー、お兄ちゃんがおんぶしてくれるってさ!」
「えぇっ、そんな!?」
エリーは恥ずかしそうに叫ぶ。
「早くしろ、もしかしたらこのガノトトスは子供かもしれん、万が一親が来たらさすがに無事ではすまない」
戒も照れ隠しなのか、なにかと理由をつけてせかす。
「エリー、お兄ちゃんが人に優しくするなんて滅多に無いことだよ、プレミアだよ!」
「う、この年でおんぶされるとは・・・」
「まさかこの年でおんぶするとはな・・・」

戒もエリーも、それを見ているのはリンだけだというのに、なぜか世間体を気にしていた―――。


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≪後篇≫へ続く




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